シャフタールvsディナモ・キエフ

 

試合に行く前にざっくりと現在のウクライナプレミアリーグのレギュレーションについて。

まず全12チームが2回戦総当りで22試合のレギュラーシーズンを行い、その後上位6チームと下位6チームに分かれて再びそれぞれ2回戦総当りで10試合のリーグ戦を戦い、最終順位を決定するフォーマットとなっている。なおチャンピオンラウンドにも、レギュラーシーズンの勝ち点は引き継がれる。

 

この変則的な制度が採用されている背景には、ウクライナでは政変以降クラブの経済破綻が相次いでいるという事情がある。

13-14シーズンまでは16チームが1部であるプレミアリーグに参加していたのが、16-17シーズンには12チームにまで減ってしまっている。

ちなみにこの期間に経営破綻したクラブには、創設以来絶対的な2強として君臨してきたシャフタールディナモに肉薄し、3シーズン前にはELの決勝にも進んだドニプロや、06-07から11-12まで6シーズン連続で2強に次ぐ3位の座をキープし、12-13シーズンには17シーズンぶりに2強の1位・2位独占を打ち破り2位につけたメタリストなどの強豪クラブも含まれている。

なお、ドニプロは経営破綻のペナルティで今季より3部へ降格処分に、メタリストに関しては15-16シーズンをもってクラブそのものが解散している。

 

そんな中でもこのリーグがUEFAリーグランキングで8位を維持しているのは、シャフタールディナモがヨーロッパの舞台でも結果を残し続けているから。特に今季のCLでシャフタールマンチェスター・シティナポリに土をつけ、ラウンド16へと駒を進めたことは記憶に新しい。

 

 

そろそろ本題へ。チャンピオンラウンド4節までを消化し、首位にシャフタールと、勝ち点6差で追うディナモの一戦。レギュラーシーズンでの対戦はディナモの1勝1分という結果になっている。シャフタールディナモも、直接対決以外で勝ち点を落とす可能性は限りなくゼロに近い。つまりディナモはここで勝ち点を落としてしまうと逆転優勝の可能性が事実上消えてしまう。そういう点ではシャフタールよりもディナモにとっての方が、この試合の持つ意味は大きかったであろう。

 

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両チームのメンバー。

シャフタールのピアトフ、ラキツキー、ブトコ、ステパネンコ、マルロスの5人はウクライナ代表でも不動の地位を築いており、3月の日本戦でも揃って先発出場している。ちなみにマルロスはブラジル出身であるが、長年ウクライナでプレーしていたため2017年にウクライナ国籍を取得して、10月に晴れて代表デビューを飾っている。というわけで、2列目にはブラジル出身の選手が4人並んでいることになっている。フレッジは2015年のコパ・アメリカにブラジル代表の一員として出場しており、最近マンチェスター勢が獲得を狙っていると噂されるタイソンはここ1年ほどセレソンに選ばれ続けている。

ちなみに守備時は、アランが前に残り、フレッジとステパネンコが中央に並んで4-4のブロックを作ることがほとんどであった。 

 

ディナモの方はあまり知らない。スタートのメンバーでプレーを見たことがあるのは10代で代表デビューを飾った20歳のチュガンコフと、2度EUROにも出場しているガルマシュくらい。

 

 

 

前半の狙い

シャフタールの狙いは主にサイドのアイソレーション。これはCBがボールを持っている時でも、相手陣へ侵入できているときでも同じで、片サイドのハーフスペースで密集させてから、中央経由で相手のSHを中央に食いつかせて空いたサイドをSBに使わさせる形が多かった。具体的な方法としては、CBとフレッジやタイソンとのパス交換で相手の一列目の撤退を促し、その間にアンカーのステパネンコが最終ラインへ。これと同時に両SBのイスマイリーとブトコがポジションを上げ、そこをステパネンコかラキツキーが一気に対角線フィードで狙うという形。ディナモがかなり積極的にCBにプレッシングをかけようとしていたこと、ほとんどの場面でハーフスペースまで絞ってきているタイソンとマルロスをディナモの両SBが追跡してきていたこともあって、右サイドでブトコがフリーでボールを受ける形は前半だけで10回近くあった。ラキツキーの左足フィードからブトコという流れは、ウクライナ代表が3月の日本戦で再三見せたのと全く同じパターンである。アンカーのステパネンコ、中央に入ってスペースを作るマルロス含め、キャストが全く同じなので当然といえば当然なのだが。CBのホチョラバ、ラキツキーはともに配球にはある程度自信があるようで、両SB、キーパーを逃げ道として使いながらうまくフリーになって前を向いてボールを持とうという意図は終始感じられた。

 

 対するディナモのリアクションは、ボールの出所となるCBを押さえようとしたことだった。ステパネンコが降りる前の段階ではまずCBの2人にはベセディンとシェペレフが必ずチェックに行き、チュガンコフとヴェルビッチはハーフスペースに陣取るタイソンとマルロスを気にしつつも、SBに入ればそこまでプレスをかけにいっていた。なのでラキツキーとホチョラバからのフィードというのもなかなか一筋縄では行かず、SB、キーパーを経由して一旦ディナモの選手全体を押し下げようという場面が多く見られた。例としてあげられるのが、ブトコ→ピアトフ→ラキツキー→ブトコという流れ。右サイドでCBからブトコがボールを受けると、ヴェルビッチがすかさずプレスにくる。ブトコはこれをピアトフへのバックパスで往なし、一気に前方のスペースへ。ベセディンはキーパーのピアトフのところまでボールを追いかけていく場面が多くあったのだが、SBからのパスではさすがに距離があるのでかなわず、ディナモはリトリート。下がってきたラキツキーにピアトフがダイレクトで預けると、ラキツキーはそのままフリーのブトコへ。タイソンとマルロスが絞っているためディナモはかなり中央に圧縮した陣形となっているため、この展開は前半序盤のシャフタールの数少ない有効な攻め手となっていた。前半30分までのディナモは積極的な前からのプレッシングと、中央圧縮でシャフタールの攻撃を分断することには概ね成功していたといっていいだろう。両CBにしっかりと圧をかけるのでシャフタールはピアトフにボールを下げても大きく蹴らざるをえない場面が多かった。この場合もフィジカル面で優位があり、また全体をコンパクトに保てているディナモのほうに利があり、セカンドボールをめぐって優勢に立てていたのでどちらかといえばシャフタールにとってもどかしい前半となった。

 

ディナモのオフェンスは、シャフタールほど低い位置から手数をかける、ということはしていなかった。前述の通り中盤でフィジカル面の優位があったため、シャフタールが複数人でプレスをかけて来た時はサイドに蹴ってこれを回避、中盤まで前進すると、主に左サイドの2人とベセディン、ブヤルスキーでサイドに四角形を作り、CBのホチョラバが釣れればそのまま左サイドの裏へ、CHのフレッジ、ステパネンコが釣れれば空いた中央のスペースを経由して一気に逆サイドのアイソレーションでチュガンコフに勝負させたりと、シャフタールよりも効率的にゴールに迫ることができていた。ポジティブトランジッションで左サイドを重点的に狙っていたのは、相手が右SBに高い位置をとらせたいという意図を持っていることを逆手にとってのものであろう。この狙いは奏功し、前半30分までにより多くのチャンスを作っていたのはディナモの方であった。

 

報われたディナモ

シャフタールの方がボールを保持しているように見えて、実際はディナモの方が優位に試合を進めているという展開で、徐々にディナモの前線からのプレッシングが実を結び始める。そんな前半30分過ぎ、ついに試合が動く。きっかけはステパネンコが、左に展開しようとしたボールがずれて自陣で相手にスローインを与えたところだろう。そのスローインからのディナモの攻撃は失敗に終わるが、その前への推進力をもとにそのままシャフタールのバックラインにハイプレスをかける。ピアトフが蹴ったボールをディナモが再び拾い、やはりこれも成功せずに再びそのままプレス、という流れを2度繰り返した後だった。一旦ピアトフに下げたボールを受けたホチョラバが、降りてきたフレッジにつけようとするもよもやのパスミス。シェペレフがかっさらうと、そのまま運んでゴール。ステパネンコがCBの間にいて、ピアトフへのバックパスを契機に両SBは高い位置をとっていた中で、ディナモは前プレをかけていた続きだったので3人がホチョラバのパスコースを切るポジショニングをとっていたため、ホチョラバとしては出しどころがない中で安易な選択をしてしまった。

 

先制されたことで尻に火がついたシャフタールは息を吹き返す。ディナモのプレッシング対策として、ステパネンコに加えてフレッジが最終ライン近くまで降りてボールを引き出しにくるようになる。苦戦していた前プレへの一応の解決策を見出したことで、あとはブラジル人たちの連携によって多少強引に、中央から前進できるようになった。というわけで、以降はディナモ陣内でボールを保持するシャフタールと、ブロックを組んでそれに対峙するディナモ、という構図が前半残りの時間の大部分を占めた。ここでもシャフタールはピッチの左側を基軸にボールを回し、タイソンから中央のフレッジあるいはステパネンコを経由して逆サイドでフリーのブトコへ、この流れにディナモが対応すると今度はライン間に進入するアランへ入れるなど、いくつかのパターンを見せてゴールに迫ったが、CFのベセディンまで参加しPA幅にしっかりと全員がおさまるディナモの守備陣を崩すにはいたらなかった。

 

 

焦るシャフタール

後半は追いかけるシャフタールが試合を主導するようになる。前半にも増してタイソンやマルロスがDFライン近くまでボールを引き出しに降りてくるようになり、とにかく局面を前に進めようと試みる。対してディナモは、前半に引き続きネガティブトランジッション時など前線に多くの選手が残っている場合は高い位置からプレッシングを行なっていたが、撤退してシャフタールの選手たちを自陣で迎撃する場面が増える。特にボールを持つことの多かったタイソンへは、ブヤルスキーとガルマシュがファールを厭わない厳しいチェックを行っていたのが印象的だった。より押し込まれた際にはフィールドプレーヤー10人全員が帰陣し、前半ディナモにとって唯一の泣き所となっていたSBのアイソレーションは、チュガンコフとヴェルビッチがDFラインまで下がり時には6バックとなって対応することでシャフタールに隙を見せなかった。

 

堅牢な守備を前にシャフタールはこれといった変化を見せることはなく、特にタイソンとマルロスがボールに触りたがったために全体としてのバランスを失っていったように見えた。せっかくフレッジやステパネンコ、ラキツキーといった配球に優れた選手を中央に擁していたにもかかわらず、タイソン、マルロス、アラン、フェレイラのプレーエリアは圧縮されたディナモ守備陣の横幅におさまってしまっていて本来攻略すべき中央のエリアのスペースを確保することができなかった。先述のとおりディナモの選手による激しいマークに苦しんでいたタイソンは、運ぶ能力の高さこそ見せつけていたものの度重なるファールにフラストレーションを溜め、これが後の展開に響いていく。

 

ディナモは相手との接触で負傷したブヤルスキーに代えて懐かしの大ベテラン、ロタンが登場。ピッチに入るなりシャフタールの選手たちへのハードマークを引き継ぎ、試合はより激しさを増す。後半は両チームともにカードの数も増えていった。さらに前半から守備に奔走していたベセディンを下げ、やはり走力のあるムボカニを投入。クリアボールを追いかけ、ボールを自陣ゴールから遠ざける役割を全うした。対してシャフタールの最初の交代は、ステパネンコに代えてデンチーニョ。フレッジとアランがそれぞれひとつずつポジションを下げデンチーニョはフェレイラの一列下に入ったが、タイソン、マルロスとプレーエリアを食い合ってしまいやはりディナモの守備陣を広げることはできない。70分過ぎからは、右の横幅要員として上下動を繰り返していたブトコにも疲労の色が見えラキツキーからの展開に追いつくことができない、というようなシーンも増えていったためシャフタールはますます中央偏重に。ここで存在感を発揮したのがディナモのガルマシュ。80分に退くまでピッチの中央でシャフタールの選手たちをフィジカルで圧倒し、そろそろ2度目の警告を受けるのでは、というところでお役御免となった。

 

煮詰まった局面を打開できないシャフタールはATに入る直前にアラン、マルロスを下げてカヨーデ、コヴァレンコをピッチへ。フェレイラとカヨーデを最前線に並べ相手の最終ラインに圧力を与え、コヴァレンコを中盤に配置することでモビリティをあげてボールを動かし解決の緒を見つけたいという意図だったろう。しかしこの交代を経ても、後半はほとんど同じ展開が続いた。4分与えられたATに入ったところで、ムボカニからの激しいファールを受けたタイソンが報復行為で2枚目のイエローをもらったところで万事休す。タイソンは1枚目のカードもファールへの報復行為でのものであり、退場時の様子からもフラストレーションのたまりようがよく見て取れた。守備とポジティブトランジッションでイニシアチブを取り試合を進めていったディナモが勝利を手にし、シャフタールとの勝ち点差3まで迫った。

 

 

 

感想

全体を通じた両チームのアプローチを見ると、どちらかといえばこの試合にかける意気込みが大きかったであろうディナモ・キエフの方がしっかりと準備、対策し臨んできたのではと思わされたビッグマッチ。今季ここまで3度の対戦でディナモ・キエフの2勝1分となっているのもなんとなくうなずける。ただ主にポジティブトランジッション時に見せたように、シャフタールの選手たちの能力の高さも本物ではあった。マンチェスター勢が取り合っていると言われるタイソンはそのレベルでも通用するだろう。おそらくほかのチームとの対戦ではひたすら攻勢であり、ドン引きされても局面局面での質的優位で押し切れるのだろうし、こういう同格以上の相手に守備からきっちり対策されるということは少ないという事情もこの試合のシャフタールの戦いぶりには反映されていたように感じる。むしろディナモ・キエフが直接対決以外でシャフタールより多くの勝ち点を落としているのは、そうしたパワーの違いの現れかもしれない。後半のシャフタールの戦いぶりに覚えた既視感はおそらく日本代表がW杯予選で勝てなかった2度の初戦、シンガポール戦とUAE戦。ただ、前半見せた攻撃の形はある程度オーガナイズされたものであったので、パウロ・フォンセカが全く仕込めないというわけでなく普段の環境による後半の「自分たちのサッカー化」だったのではないかと今回は邪推しておく。